2006年2月25日土曜日

作品111

私はベートーヴェンの後期ソナタ、特に最後の3曲が好きでよく聴いてきました。若い頃は一番センチメンタルな感じのする作品110が好みでしたが、最近は深い瞑想と諦観に満ちた一番最後の作品111が最も好きです。久しぶりに学生時代に買ったクラウディオ・アラウのLPを引っ張り出して聴いたらこれがすごくいい。買った当時はあまりいい演奏だとは思わなかったのですが歳を重ねた所為でしょうか、訥々と語るようなアラウの演奏に我を忘れて聴き入りました。特に第2楽章が素晴らしく変奏を重ねるたびにテーマが純化されていき、二重変奏に入ったところでグンとテンポを落とし細かい一音一音を丁寧に弾いています。普段愛聴しているバックハウスの演奏はさらっと行ってしまうんですがアラウはここでゆっくりと語り出すのです。二重変奏の後半イ短調に移るところで思わず目頭が熱くなりました。
ベートーヴェンのソナタは後期に限らず全て素晴らしいのですが、特に1813年頃に起きた人生最大の危機を乗り越えてからの作品群には翳りや諦観が色濃く現れ深みが一層増します。誰にも迷惑がかからないように決して明かさなかった心情を託した後期の3つのソナタには彼の優しさが滲んでいるのです。作品109は不滅の恋人への愛の歌、作品110は追憶と苦しみ、そして生への希望、最後の作品111はそれら全てが昇華されて虚空に消えていくのです。ベートーヴェンに限らず大作曲家の晩年の作品というのは穏やかなものが多いですね。あの激越な作風のバルトークでさえ、自分の死後妻が演奏して少しでも生活の助けなるようにと感謝と別れの思いを込めて、穏やかなピアノ協奏曲第3番を作曲しています。私にはまだ諦観という感情はありませんが、久しぶりにアラウのベートーヴェンを聴いて今までとは少し違う感興を懐いたのでした。

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