さて、先日ネットオークションでニットー長時間レコードを入手しましたが暫く放置状態で漸く再生してみようと作業に取りかかりました。こういう特殊なレコードは若い頃から興味津々で長らく入手したかったのですが、今まで実物にお目にかかった事は一度もなく、たまたまネットオークションを徘徊していたら発見して、値段が吊り上がるかなと思ったのですが取り敢えず許容範囲内の金額に収まってくれたので落札出来ました。こういうものは中古の専門店に並ぶ事も希なので、苦労して歩き回る事なく居ながらにしてキーボード操作とマウスクリックだけで珍品が入手できて実にありがたい世の中です。
ニットーレコード(日東蓄音器)は大正時代(1920年)に大阪で創業したレコード会社で1935年に兵庫のタイヘイレコードに吸収合併され、レーベルは残りましたが会社は無くなります。アコースティック録音(ラッパ吹込)時代は外国人の演奏を録音したりとなかなか意欲的で録音品質も良いレコードでした。SPレコードは12インチ(30cm)でも4分半~5分位しか収録できず、一部のレコードでは少しでも長く録音するために径の小さいレーベルを作って内周限界までカッティングしたり、わざと回転数を落して制作するなどの反則技を使ったりしました。後に33回転のSPレコードがビクターから少数発売されましたが音質の問題もあり程なく生産終了となったため、いずれにしても当時長時間録音は夢のまた夢で、ニットーや英ウォルド(ワールド)等のレコード会社は線速度一定で片面10分前後の特殊なレコードを極少数発売しました。線速度が一定という事は、ターンテーブルの回転数が常に変化するという事なので普通の蓄音器ではまともな再生が出来ず、蓄音器に取り付ける専用のアダプターが売られていましたが、取扱いが難しかったこともあって極短期間で発売中止となりました。
義太夫 熊谷陣屋の段 豊竹古靱太夫 鶴澤淸六 |
これが今回入手したレコード(2枚4面)で電気録音ではなくラッパ吹込(1926年頃)です。レーベルを見ると10.45と原盤に刻まれていて、おそらくこれが再生時間なのだろうと思います(違う可能性あり)。25~60rpmで収録されているという事なので、まず45回転でパソコンに取り込みました。そのまま聴くとやはり声のトーンや三味線の音がおかしいので、取り込んだ音源を仕事で使っている波形編集ソフトで処理をします。復元の手がかりは収録時間と声や楽器の音です。一度でパッと決められるような単純なものではないので何度も音を確認し試行錯誤しながらピッチを決め収録時間の10分45秒になるように細かく調整します。この調整がなかなか大変でちょっと目盛りを動かすと大幅に時間が変わってしまうので3秒ほど誤差が残りましたがまあこれで良しとします。少し遅い(半音程度低い)かなという気もしますが、その点は後々如何様にも変えられますので今回は取り敢えずこの状態です。
長時間レコードは通常のSPレコードよりも回転数が遅いのですが音質は非常に良好でちょっと驚きました。しかもカッティングされた音溝も普通のものより幾分細いように見えます。通常のSPでは(LPでもそうでしたが)角速度が一定なので線速度が遅くなる内周側の音が著しく悪くなり電気録音時代でも交響曲などの復刻では面同士の繋ぎ目で音質差が歴然とわかりますが、このレコードは線速度が一定なので内周でも音質が悪くなりません。大正時代に制作された長時間レコードのような特殊な規格の音盤の復元再生については、アナログ時代には技術的に困難を極め殆ど現実的ではなかったものが、現代のデジタル技術では対応した機能を持つ波形編集ソフトウェアを使用すれば個人レベルでも比較的容易に実現出来るというのが面白いと思います。線速度一定の媒体は一般的に簡単に買えるものとしてはCDというメディアで漸く実現したので、それを考えると電気録音以前の時代によく線速度一定のレコードを作ったものだと思いますし、実際に再生してみて一定の線速度が非常に高精度に保たれていて感心します。このレコードが1926年の製造とすれば、大正、昭和、平成、令和と4つの時代を跨いで再生された事となります。レコードの再生にはオルトフォンのOM78を使いましたが、このカートリッジは盤質の悪い磨り減ったレコードでもノイズに滅法強く良い音で鳴ってくれるので大変重宝しています。既に製造終了していますがお薦めですので、もしも見つけたら是非ともゲットしてください。
音源(疑似ステレオ化しておりノイズ除去処理はマキシマムなので全体的な音質は非常に悪いです。オリジナルSPは大変良い音がしますが、諸般の事情で意図的に低音質化しています(最も低いビットレートでMP3エンコードしました)ので悪しからずご容赦ください。)
※音源ファイルは一定期間経過後に削除する予定です。